ミニマリストとしてシンプルに生きる!?目的を見失ってはいけない




ミニマリストに憧れ、ミニマリストになりたいと思い、ミニマリストのことを色々調べました。

そのうち、『ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ –』という本を知りました。

著者は、佐々木典士さんという男性ミニマリストです。

無料お試し版もあるので、興味のある方はおすすめです( ↓ )

 

本の中に登場するミニマリストたちの部屋を見て、正直、いいなあとうらやましく思いました。

すっきりとした空間。

清々しいの一言です。

うらやましいけれど・・・一人暮らしだからできるよね。

反対する家族がいないからできるよね。

なんてちょっと黒い気持ちも湧いてきました。

これほど完璧なミニマリズム生活は、我が家では、なかなか厳しい現実です。

 

そう思っていました。

ブログのタイトルだって、ゆる~くシンプルライフを目指そうって思って、ゆるしんぷるなのです。

本来、ミニマリスト的考えをもっているつもりですが、結婚してパートナーができ、さらに子供が生まれて、自身の価値観はもろくも崩壊したのです。

子育てがミニマリスト思考でやって行けるか!とね。

マキシマリストの旦那がいて、一人孤独にミニマリストでいられるか!と。

片付けても掃除しても、散らかす子供たち。

もう、これは、自身の考えを変える必要があると思ったんです。

私が変われば、家族にとってもその方が幸せと思ったんです。

毎日、散らかる部屋にピリピリの母親って嫌ですもんね。

子供のため、夫のため、家族のために、私は、ミニマリストの考えを譲って、ぎりぎりのところで、シンプルライフを目指そうとしたのです。

そういいながらも、片付かない部屋に何度も発狂して、疲れ果て、ついに、シンプルライフなんて無理よね。

そう悟り、ゆるくシンプルライフを目指せばいいよね。

となったのでした。

無理は禁物。

行き過ぎはよくない。

そう言い聞かせて毎日を送ってきました。

 

断捨離とミニマリストとシンプルライフ

先日、ハタッと気づいたんです。

ゆるくシンプルライフを目指せばいいよね。

なんてけっきょく自分を甘やかしてるだけなのでは?

基本的に面倒くさがりのもりみです。

片付けなんて実は嫌い。

収納なんて苦手過ぎて頭パニックになります。

掃除なんてしなくて済むならしたくない。

そんな私は、さぼりだすと、とことん自分に甘く都合のいい言い訳を並べ、ぐうたらしています。

で・・・。

ゆるくシンプルライフを目指せばいいよね。

なんて、まさに甘えの骨頂。

ただただ覚悟が足りず、文句ばかり言っていたにすぎませんでした。

えらそうに、子供に片づけなさいという前に、自身がやるべきことがありました。

反省です。

もう、甘ったれた言い訳はやめます。

きちんと片付けられない自分と向き合います。

面倒くさがりの性格を直すのはむずかしいし、けっこう気に入ってるので(笑)

そこはそのままで、ミニマリストとしての自身の価値観を取り戻し、断捨離を重ねることで、シンプルに生きていきたいです。

 

なんのためのミニマリストか? 2018年追記

そう気合を入れていたもりみですが・・・?

ミニマリストってなんのために?

そう考え始めました。

そうして、やはりミニマリストになるぞ!というのも結局独りよがりの答えだったと気づきました。

わたしは、ひとり暮らしではありません。

夫と2人の子供たちと暮らしています。

何が暮らしにとって大切か?

ミニマリストであることは、それを目指すことは、今のわたしの暮らしにそれほど重要だろうか?

そう考えたら、答えはNOでした。

ミニマリストであることなんてどうでもいいのです

わたしが目指すのは、家族でごきげんな暮らしを送ることです。

人は時々、目的と手段を間違えます。

わたしにとって、ミニマリストになることは、目的ではありません

目的は、家族と心地よい暮らしを送ることです。

そのために、不要なものを処分し、少ないもので暮らした方が快適になると思ったのです。

それは手段です。

 

わたしが1人暮らしであったなら、もしかしたら、ミニマリストになることを目的にしたかもしれません。

ミニマリストになってから得られる何かを求めたかもしれません。

ですが、今は、もう大切なものは手に入れているし、何が大切かわかっている。

だから、ミニマリストになる必要はないのです。

目的は、家族が笑顔で毎日を送ることです。

だから、ミニマリストを目指すぞ!宣言は取り消します。

もうわたしはミニマリストを目指すことをしません

ゆるく自分らしい暮らしを家族と共に楽しむことのほうが大切なのです。