宇津木式!何もつけないスキンケアをはじめた理由

わたしが、何もつけないスキンケアをはじめた理由は、ひどい肌状態を改善したかったからです。

何もつけないスキンケアをはじめたのは、5年以上前(2011年頃~)になります。

元々は、メイクも好きで外出するときには必ず化粧をしていました。

たとえ、近所のスーパーに行く時でも、簡単にファンデーションを塗って、眉を描いていないと、外には出られませんでした。

それが、変わり始めたのは、結婚して妊娠をしてからです。

 

何もつけないスキンケアとの出会い

何もつけないスキンケアをはじめようとしたきっかけは、妊娠です。

お腹の中に子供がいるようになると、少しずつ化粧をしたいという気持ちが薄らいでいったのです。

なんていうか、今までのアイラインくっきり、マスカラばっちりのメイクをくどく感じるようになりました。

そこまで時間をかけてメイクして、必死に顔を作りこまなくてもいいような気がしてきたのです。

「女として生き生きしていたい。」

「女としてきれいでいたい。」

そんな風に思う気持ちが、少しづつ消えていきました。

その気持ちの変化はとてもゆっくりでしたが、確実にわたしの中に広がっていきました。

しかし、同時に、女性として美しくありたいという気持ちも失ってはいなくて、相反する心に戸惑いを感じていました。

変わっていく気持ちと体についていくのが必死でした。

結婚して妊娠してからは、人と会う機会も一気に減りました。

仕事も辞めましたし、飲みに行くこともなくなりました。

そもそも外出する機会がなくなりました。

さらに、前期は切迫流産もあって寝たきりのような生活もしていました。

こうして文章に書いてみると、なんだか暗く良くない状態になっていっているように見えますが、けしてそうではありません。

わたし自身はこういった生活と自身の変化を楽しんでもいました。

なんとなくゆっくりと流れる時間を愛おしいと思ったり、こういうのが幸せなのかなあと感じたりしたのです。

そうして、気持ちにゆとりができ落ち着いてくると、今までメイクを一生懸命頑張っていたことに気づきました。

そうです、がんばりすぎていたんです。

 

化粧するほど自分を偽りしんどくなっていた

下地を塗って、厚くファンデーションを塗り固める。

眉を描いて、アイライナーにアイシャドウを入れる、マスカラでまつ毛にボリュームを出してと・・・。

出来上がった顔は、ただの厚化粧の女です。

それは、きれいな姿だったかもしれません。

ですが、化粧をすると化粧に合った自分を演じていました。

若い時はそれを楽しんでいましたし、仕事ではある意味仕事中の自分を演じる必要があります。

だから、それでよかったんです。

ところが、プライベートの時間しかなくなると、そんな風に自分を作ることに疲れてきたんです。

しだいに、濃かった化粧がだんだん薄くなっていきました。

すると、なんとなく素の自分を出せるようになりました。

そのことがとても心地よいと感じたのです。

そうすると、ますます化粧は薄くなりました。

だけど、化粧が薄くなると肌の汚さが気になってきました。

 

今まで、ファンデーションで塗りかため、コンシーラーでシミや毛穴を隠していたのが、明るみになってきました。

「どうしよう!?こんな汚い肌人に見せられない!」

これは、どうにかしなければいけません。

「どうしたらいいんだろう!?」

そう悩んでいたわたしの目に飛び込んできたのが、何もつけないしないスキンケアでした。

 

自己流の何もつけないスキンケアが失敗を招く

何もつけない・何もしないスキンケアの方法を知ったのは、実はもっと昔の話です。

はじめて何もつけないスキンケアを知ったのは10年以上前のことでした。。

きっかけは図書館で借りた一冊の本。

どんなタイトルの本だったか忘れてしまいましたが、ちょっと古びた小難しそうな本でした。

本に書かれてあったのは、「化粧品をやめれば肌はきれいになる」というようなものでした。

そこには、化粧品の成分のことや肌本来の力について書かれてありました。

その本を読んで、当時とても衝撃を受けたのを覚えています。

だって、それまでは、きれいになりたいなら化粧品をたくさん使いましょうと言われていたから。

美容部員に勧められるままに、たくさんの化粧品をそろえました。

月に5万円が化粧品に消えていたこともあります。

こんなにたくさんの化粧品を使っても、しっかり手入れしても肌はきれいになりません。

気になるニキビが良くなることもありませんでした。

そんな時に知ったのが、真逆のスキンケア法なのですから、衝撃です。

 

わたしは、藁にもすがる思いで、何もつけないスキンケアをはじめました。

ただ、その本を見つけた時には、化粧をやめることは出来ませんでした。

メイクだけはしなければ外出することができなかったからです。

当時はまだ、石鹸で落とせるファンデーションが一般的に出回っておらず、メイクを落とすにはクレンジングが不可欠だったのです。

それでも、休日など、完全に外出しない日には、肌を休めるためにもプチ肌断食を行っていました。

よかれと思って、不定期のプチ肌断食をおこなっていまいた。

ところが、不定期の肌断食は、肌状態も不安定にさせてしまったのです。

 

中途半端な自己流スキンケアのせいで、ますます肌荒れがひどくなっていました。

乾燥がひどくなり、それなのにべたついて、ニキビもできる。

もう、いったいどうやってスキンケアをしたらいいのかわからなくなっていました。

化粧品を使うとピリピリしたり、顔が赤くなったり、ニキビができるようになってしまいました。

もう、どんなスキンケア方法も化粧品も信用できなくなっていました。

 

そんなときでした。

石鹸で落とせるファンデーションというものが、一般的に買えるようになったのです。

そして、これを機会にもう一度、何もしないスキンケアをやってみようと思いました。

今まで、たくさんの肌に関する書籍を読んできましたし、美容関係の仕事にも携わってきました。

そんな中で、私が惹かれる美容法は、なぜかシンプルなものばかりなのです。

たくさんの化粧品をつけるだけのスキンケアよりも、肌本来のきれいになる力を引き出す何もつけないスキンケア。

それを自分は心地よいと感じるのです。

こうして、自分の直感を信じて、もう一度だけ、この何もつけないスキンケア方法をはじめることにしました。

この何もつけないスキンケアが後に知ることとなった宇津木式スキンケアだったのです。