暮らし

洋服の片付け「いる」のか「いらない」のか「迷う」のはどうして?

洋服の片付けをしていてどうして「いる」のか「いらない」のか「迷う」のでしょう?

自分の洋服ですよ。

なぜわからないのでしょう?

この記事は、洋服の片付けをしていて「いる」のか「いらない」のか?なぜ「迷う」のかについて解説しています。

洋服の片付けの参考に少しでもなれば幸いです。

 

洋服の片付け!「いる」のか「いらない」のか「迷う」のはどうして?

なぜ、「いる」か「いらない」かがわからず「迷う」のでしょう。

他人の洋服ではありません。

自分の洋服ですよ。

実は、迷うには迷う理由がちゃんと存在するのです。

その理由を明確にすることが「迷う」を抜け出し「いる」か「いらない」か決断させます。

「なぜいると言い切れないのか?」

「なぜいらないと言い切れないのか?」

「なぜこの服の必要性がわからないのか?」

「なぜこの服の存在に迷うのか?」

こういった問いを自身に投げかけます。

しかし、そう問われてもなぜなのかわからないでしょう。

そこで、なぜ迷うのか迷う原因を考えます。

 

いるかいらないか迷う服の原因とは?

迷うくらいですから、お気に入りの服ではないという事が言えます。

お気に入りなら、絶対にいるって答えますよね。

だから、この服はお気に入りでないのだけは確かです。

そこで聞きます。

気に入っていない服を手放せない理由は何でしょう?

なぜお気に入りでもない服を手放せないのでしょう?

だいたいこんな感じの理由でしょうか?

捨てることへの罪悪や未来への不安といった、ネガティブな感情が発生することで捨てるということにブレーキをかけています。

けしてこの感情が悪いわけではありません。

人間ですから、持っていたって当然なのです。

ここでは、洋服の1着1着に迷う原因を与えてください。

そうすると、なぜ自分が「いる」のか「いらない」のか迷っていることが明確になります。

迷う原因を明確にすることが大切です。

判断に迷う服の扱いは慎重にしてください。

この判断は自身の生き方につながります。

とりあえず取って置くのでもなく、やみくもに捨てるのでもありません。

取って置くにも捨てるにも、明確な理由付けをする必要があります。

そんなの面倒くさいですよね。

わかりますよ。

最初のうちは、とても疲れると思います。

ですが、ここを乗り越えたら自分にとって本当に必要な物が見えてきます。

そして、そのモノがあることの幸せを感じるようになります。

お気に入りがそばにある。

幸せをいつも感じる。

そんな日々って素敵じゃないですか?

ストイックに片付けをして、ミニマリストを目指す必要はないんです。

ただミニマリストの価値観のすてきなところを取り入れてもいいかなって思います。

だから、必要なものの総量は人それぞれ。

少ない方がミニマリストとして立派だなんてことだけは思わないでください。

たくさん片付けできた方が優れてるなんてことはないんです。

ただただ、目の前にあるあなた自身の服。

それはいつも身に纏うものですから、はっきり言ってあなた自身を表すものでもあります。

1~7の問いを、一枚一枚の服に問いかけてください。

「高いお金を出して買ったのに捨てるなんてダメだよね?」とか

「いつか着るかもしれないのに捨てちゃダメだよね?」って服に聞いてください。

見てるだけじゃだめですよ。

必ず手に取って問いかけてくださいね。

これ大事。

片付け経験を積むと手に取っただけでわかるんです。

そのものの要・不要が。

だから、不要なものが溢れてくると、家の中の気が乱れてくる感じがします。

そのものを手に取ると嫌な気分になるんです。

これ、判断が付くまでやってください。

何日かけてもいいですから。

その間の服は、けしてクローゼットに戻さずに別の場所(いつも目につく場所)に置いておいてください。

 

洋服の片付けをする時は実際にその服を着てみるといい

問いかけるだけでわからないときは、実際に着てみるのもいいやり方です

服は見るためにあるのではなく、着るためにあるんですから。

そして他人に見せるためでもあります。

着てみると、あんなに迷っていた服を瞬時にいらないと思うことがあります。

その理由で多いのが、着てみたら似合わなかったということです。

イケると思っていた服が、袖を通した瞬間、鏡に映った自分を不格好に見せる。

そんなことはよくあります。

特にしばらく着ていない服はその可能性が高いです。

はっきり言って、5年も前に買った服でずっと着ていない服があるなら、即刻処分でもOKなんです。

「じゃあ5年前の服は一着も持っていないのか?」

そんなことはありません。

基本洋服はあまり買わないので、5年前の洋服でも持っている服もあります。

ですが、着てるものだけです。

もしくはとっておく明確な理由があるものだけです。

一番のベテラン服は、20歳の時に親に買ってもらったロングコートです。

これはいまだにお気に入りです。

子供が小さい時は、着られなくてずっと保管していましたが、絶対に子供が少し大きくなったら(具体的には下の子が幼稚園に行きだしたら)着ようと思っていたものです。

普段着ていないものでも、こういったように取って置く理由がはっきり言えるものは、いるものとして保管しておいてOKです。

まあ、そういった服はたいていがお気に入りなので、片付けの判断の段階でいる服に分類されるでしょう。

わたしは、そのコートがクローゼットにかかっているのを目にするたびにちょっと女度があがるような気がしてます(笑)

あ、眺めるだけのための洋服って存在します。

見るだけでも気分が上がるって大事な要素です。

 

片付けをする目的や価値観を大事にする

片付けをする目的や価値観は大事にしなければなりません。

これを見失うと片付けはうまくいきません。

片付けはあくまで手段であって目的ではありません。

かならず片付けることによってなんらかの目的が達成されなければならないのです。

それを間違うと片付けの意味がありませんし、無意味です。

わたしは、捨てる片づけをはじめた頃、片付けの意味を見失いました。

片付けること・捨てることが目的になって、なにも考えずに勢いで片付けてしまっていたのです。

一時的には片付いても、またいつの間にか物が溢れて片付かなくなっていたのです。

片付けはあくまで手段です。

目的は片付いた先になくてはなりません。

ミニマリストが目的になっては意味がありません。

ミニマリストはただの結果、名称でしかありません。

大事なのは、自分にとって本当に必要な物だけを持つことで、豊かに生きられるというところです。

どんなに手持ちの物の量が少なくっても、それが自分にとって必要な物でないなら、やはりそれはいらないものなんです。

一時捨て魔になっていた私がまさにこの状態でした。

捨てることに快感を覚え、なんでも捨てていた時があったのです。

ですが、いくら捨てても物が減らない。

洋服で言えば、捨てても新しい洋服をまたすぐ買ってしまっていた状態です。

買うときの理由は明確ではありません。

その時は必要だと思って購入したけど、今思えば、衝動的だったことが大半です。

これは、まだミニマリストとしてのだいじな部分。自分にとって必要な物がわかっていなかったからです。

自分にとって必要最小限な服。この見極めがミニマリストとしては大切です。

 

服の片付けから見えてくる自分自身

手に取る。服と対話する。実際にその服を着る。こういったことをいるかいらないかわからない服にしていきます。

判断に迷う服すべてにしてください。

かなり手間のかかることだと思いますがここはがんばってください。

そうすると、手元に残った服というのは、存在理由が明確にあります。

なぜその服が必要なのか。

はっきりと答えが出てきたことでしょう。

それは、今のあなたの生活・生き方に直結しています。

今まであまり片付けをしたことがない人には、何かを捨てるというのは断腸の思いかと思います。

ですが、それを乗り越えたところにある暮らし、自身の価値観は、今までにないほど素晴らしいものです。

自身のモノを大切にするということは、自分を大切にするということでもあります。

ちょっと大げさに感じるかもしれませんが、モノはあなたの生き方を映したものです。

少しだけ、生き方を見つめるのもいいと思いませんか?